気で生きた木

覚ることについて書いています。

コア そして龍と。

久しぶりだな、ブログ書くの。

 

ここ数年、世界が派手な理由は、天体の派手なパフォーマンスのせい。

私自身も天体そのままの人なので大きな動きとなって、漸く落ち着いてきましたが、

落ち着いてきたというよりも、コアです。コアに突入して、じわじわと身に染み始めているところ。

ソラリタさん などで星の動きを読むと面白いです。(興味がないとちんぷんかんぷんだと思うけど。)

 

 

コアに突入したところなので、飛行機が飛び立って軌道にのるまでにガタガタするときみたいな感じで、私の体も次々と症状が。

今は、ふわふわめまい。 もう嫌。

安楽死システムあるならお願いしたいと思ったりするんだけど、本当に明日それが出来ますってなったらって考えると、明るい感覚が降りて来るんです。

安楽死を喜んでいるのか?

死ぬとわかったら必死で生命活動をする本能からなのか?

どっちにしろ日本にそのシステムは無いし、最終的にめまいで安楽死とか、、、あかん。

なんやねんもうーとブツブツ言いながらスマホ検索。

横になって脇を手でがっちり掴んで腕を上下に動かしたら脇のかたまりが解けるそうで、

そうすると眩暈に効くって動画で言うてたんです。

だから一昨日からやってる。

1週間寝る前にやってみます。

 

 

宜しければ余談もお読みください。

鑑定はホームページからお願いします。

sites.google.com

 

 

余談

 

最近のスピリチュアル系のお話

 

スピリチュアルを発信している人が書いていた月の民の条件が、月を見て帰りたくなるって項目以外は全部あてはまっていたので、私って月の民なんかしらと。

なんて書いてたか忘れました。笑

あとその人が書いていたのは、思っただけでもその通りになる時だからって。

そうなんです、思い当たるふしがありまして、私が思ったことってその通りになっていくなあと思ってるんです。たぶん超自然の感覚だからだと思います。

私の人生と天体の動きのリンクを大きく感じている今、願っているのは、

生きとし生けるものの安らぎを絶対にしたいということ。

人間は正しいモラルや判断力の中で自分を愛し、そして他へと愛を分けることが最大の使命だと思います。

自分を幸せにするには宿命通りに生きること。そして周りの人に手を差し伸べる事で安らぎが広がっていく。

日本人は特にこれを願い実施することで日本国は保たれる。病気も減る。

これを覚えておいてほしいです。

この記事を読んだ方は願ってくださいね。

願うということは自分がそう生きるという事です。よろしく。

自分を愛するのと逃避は違うけど、逃避でなく選択の人もいるので、

そういうのは宿命鑑定しないと、他人のことはわからん。

 

 

それから、最近、龍を見ないと思っていたら、散歩中に近くの神社に白龍が祀られていたのでまた来ますねと言って帰ってきました。

見ないと言っても、今年2月に父の体調を思いながら空を見ると大きな龍雲がおられて、父の事を話すとなんとも言えない優しい目で、大丈夫だと言ってくれたように思えました。

父の優しい表情と同じだった。

 

それと、3日ほど前、SNSで名前が龍って字が入ってるスピリチュアル系の人が書いている内容が私を表すものだったので、読み進めるとその人の奥様のことでした。

私が感じていることを上手に言葉表現出来ている文章で、本当にこの人が自分で得たことなんだろうか、疑うほどに。

何故って最近なんだって出来るじゃないですかAIとかで。

だけど内容が内容だけに、こんなに細かく例を挙げる事なんてAIに出来るはずがないって思うので、信じる。

内容を書くとちょっと誤解されそうなので割愛。

ただ、以前、私は稼げないってことを記事に書いているんですが、その人の記事にも同じことが書かれていました。

社会がそうなので自分も稼がないとって思うんだけど稼ごうとすればするほど稼げないと。笑

な、そうやろって頷きました。

龍を見ないと思ったら龍の字が入った人がいたー笑

 

そして昨日のことに、もうこの眩暈なんとかしてくれーと寝転がったままブラインドに手をかけて空を見ると、いらっしゃった。

もう生きてるここちがしませんと話していたら、1体じゃなくて3体、というか頭が3つ見えたけど体は大きなのが1つしか見えなかった。

以前の私の店を始めた頃に初めて店の前に表れた龍と同じくらいシェンロンっぽかった。

真ん中の龍が、じっと私を睨んで話を聞いてくれていて、話し終わると風で形が変わっていきました。

なんで睨んでるのかは知らんけど、元々あんな顔なんかしら。

それとも運動せんかいと私を叱っているのかしら。

最近見かけないのは求めていなかったからで、求めるとそこにいらっしゃる。

縁とはそういうものなんだと改めて思いました。

私も、そこに居る人でありたいなあと思います。