気で生きた木

覚ることについて書いています。

混沌と中庸

あら、もう10月。

気付けば1か月ブログを書いていないわ。

その間にもいくつか悟らされましたが、なんだっけ覚えてないな。

 

 

最近のニュースを見ていて、

一度着地してもまた混沌が始まったのだと思いました。

石破さんの発言について騒がれていましたが、

策のぶつけ方が韓国ドラマみたいです。笑

だから理解されにくいけど、何をするのか見てみたい人。

宿命生月天中殺の人の我が道をゆく姿に社会が賛同して盛り上がるっていうのを芸能界じゃなく政界のを見てみたいなあ。

今期の総理大臣が日本の転機に素晴らしい貢献ができるように願います。

 

 

 

私は、母に「人とは」を教えてもらいましたが、人=社会とはそういうものだけど本当はそれでは宇宙的には正しくないということは私の中では曲げることはありません。

ただ、そういうものだということを強く再認識したことで、本当の優しさや人の為とは何かがわかりました。

わかった上で、あれ?やっぱりあれは違うよな。と思うことが最近いくつかありまして、母の発言をもう一度間違いだと思ったわけです。

と同時に、あの時こう答えてあげれば良かったのにごめんねとか、あの時酷い言い方をしてしまったごめんねとか、何かにつけてごめんねって思うのです。

だけど母の間違いは間違いだから、ごめんねと、だけどさーが代わりばんこに。

これは、この悟りテストの最終確認をさせられてるんだと思いました。

 

 

混沌は、中庸でしか対処できない。

神業よ。

適当に合わせるとかそういう社会の戯言ではなくて、本当に深い理解と判断。まるで水の中にいるような感覚の。

悟りとは神様に近づくことだと、以前教えてくれた人がいたけれど、このことか。

人は全てを知った上で中庸となってもまた同じ事を思いめぐらして、決して悟りきれないのかも知れないのね。

 

 

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余談

この数年の精神的な嵐が漸く去ったようです。

これまでは、ここから先はヤバいというラインに立つとぐいっと後ろに引き戻されている感覚だったのが、最近、ここから先はヤバいというラインに立つと、10秒ぐらい何も考えない感覚になります。

時間が止まっているような感じで、勿論触れないけど羽毛布団を握ったぐらいのクッション性。

わざとヤバい方へ考えようとしても何も出てこないんです。

不思議ね。

で、我にかえりながら、目の前の有り難さに意識を向けて、キッチンで嬉しそうに蟹ダンスをするんです。

 

 

人生はタイミングも大切。

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