気で生きた木

覚ることについて書いています。

35度

 

NHKの理想本箱という番組をたまに観ます。

私も、リクエストしたいぐらいです。

 

先日は、茨木のり子著「自分の感受性くらい自分で守ればかものよ」のストーリーがまるで私に言っているようで、涙がポタポタポタっと落ちました。

その本は、結局どんなに辛い結果も、どう対処したかは自分の責任なのだという内容です。

茨木のり子さんは自分を鼓舞したのだろうということでしたが、

結果がよろしくない事があっても、自分の責任、、、、、

そうなんだろうなあ、だけどね、と、まだ私は言ってやりたいことがあるのです。

誰の責任でもない。わけでもなく、自分の責任ではあるけれど全部が全部ではない。

実際そういう結論なんです、私の中で。

 

人間は一人で生きていけない。という社会の定説があるのに、

結果が悪いと、全て自分で決めたんだろうなんて、冗談じゃない。って思うんです。

少しずつその人の人生に関わっている全員の責任でしょうよ。と思っています。

 

人の常識は、茨木のり子さんが書く責任感で正しいと思います。

宇宙の仕組みとしてもそうやって人は自分を(魂)を成長させて宇宙に還元するということになっています。

そうなんですが、

何故つらくならないと成長できないのよ。って思いませんか?

精神的に泣くほどつらかったり、食事も喉を通らなかったり、痛かったり、

そんなこと必要ないと思うんです。

勝ったり負けたりする日々の中でも、優しさだけでいいと思うんです。

くっそーって思うのは、自分にだけでいいと思うんです。

他人に対してくっそーあいつに負けたということではなく、

あの人のああいうところ凄いなあと感動することに替えられないものか。

感動して、それから自分がどうすれば前に進むのか模索すること。

それが、宇宙が本当に求めている人間の成長だと、

最近ビシビシ言うてくるんですよ。(誰が)

 

なかなかね、誰かが理解していても、誰かは理解していなくて、

理解していないほうが多いから、この世はいつも理解しているほうが負けて、

悪人ではなくても要らぬ言葉を発する者も多く、

そういう人のほうが多いから、そうでない人はいつも心に引っかかりがあって、

全くをもって理不尽でしかないのですが、

そういう私も、誰かにとっては理不尽なのかも知れないので、

できればあまり線を越えて来ないでください。と看板を置きたいぐらいなのです。

店の看板よりもその看板を置きたいぐらい。笑

 

 

私は何を思って生きていればいいですかと占いに来て問われる方も多いのですが、

今の私が万人向けに思うことは、温かい気持ちで自他共に温めよ。ということです。

菓子屋をしていますが、菓子を作るのには35度という温度がキーワードの1つで、

丁度人肌ほどの温度ですが、生命そして成熟していくのに必要な温度です。

多くの悩みは人間関係から生じています。

35度で人と接し、誰に対しても礼儀は守る。ということを自身の基盤に置かれてはいかがでしょうか。

熱くもなく冷たくもなく、程良さというのは一番難しいものです。

相手にとって程良いのかどうかを思いやりながらも、だらけない一線を保つ。

 

 

それにしても、人間の成長の先に、どんな宇宙があるのだろう。

宇宙は全てを繰り返しながら、何をどうしているんだろう。

ただただ、あるべきようになのでしょうか。

宇宙の外に宇宙があるってテレビで言ってたし、全然私の頭じゃ追いつかない。

 

 

 

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